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今日は東日本大震災からちょうど一年。

一年前の14時46分、
自然の脅威を見せつけられた。

一年もたったように思えない。
ついこの間のことのように思える。

ばふぃ地方は震度5強。

私は仕事場で1人。

そしてばふぃはたまたま実家で
ばぁばと妹と甥っ子といた。
良かった。不幸中の幸いだった。

今まで感じたことのない規模揺れで、
「え?なになに?」
「これ、地震?」
倒れてきそうな棚を押さえながら、思った。
「このビルだけ?」
訳の分からない思考回路。

でも、とりあえず怖かったので外に出る。
ここまで割りと冷静。
廊下に出るとおじさんが、出た方がいいと。
そこで一緒に非常階段のカギを壊し、降りた。


外に出て実家やばふぃとーちゃんに連絡を取ろうとカバンからケータイを出し、電話しようと…
私が持っていたのは仕事場のコードレス電話。持ち出してしまった。
外でつながるわけない。
ケータイもちゃんとあったが、
冷静じゃなく、パニックだったようだ。

その後、実家にいたメンバーとすれ違いながらも会えた。出先から戻ってきたじぃじとも。暫くしてから、幸い、とーちゃんの無事も確認がとれた。

この時は震度や、東北で起きている悲惨な状況を知らなかった。
ましてや原発事故など想像さえしてなかった。


テレビで何やら現実の映像とは思えない津波の映像。

その後、ばふぃ地方では、いろいろな物が手に入らなくなり…水道水から放射性物質の検出。

人間は自然の恐ろしさを知る。
原発、放射能という見えない恐怖。

数日、連絡の取れなかった
親戚のおばさんの家は、全部流された。
おばさんは高台へ避難できていて、
何とか生きていた。
チリ地震を体験していたからか、
地震後、目の前の学校では無く少し離れた高台の学校へ避難したようだ。
でも、校庭まで着いた時は足首?まで水が来ており、学校の階段を必死に上ったとのこと。
怖かったと思う。
「知り合がみんな居なくなったから悲しい」と力無く話していたのが印象に残って
いる。

日本中で風化させてはいけない。

近い将来来ると言われている首都直下型地震。

犠牲者の方々の思いを無駄にしない為にも
災害対策を個人でも見直して、経験を生かさなければいけないと思う。

私も家族の集合場所の確認、
防災リュックの確認
テレビや家具の転倒防止対策、
ペット連れ避難に必要なものの準備などを
再確認しようと思う。
2012.03.11 Sun l 未分類 l コメント (0) トラックバック (0) l top

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