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ちょっと前のこと。



5月。

それは、実家で一緒に暮らしていた弟犬、べちくんのbirthday月



16歳7ヵ月でお空に旅立ったべちから教わったことは数え切れない。

犬の触り方やご飯について。
そして、命の大切さについて。


幼犬だった頃にお留守番中にテーブルの上のドーナツを食べちゃって、家族でどうやってテーブルの上まで行けたのか推理したり…外出からもどるとケージごと移動していて皆で笑ったり…

目が見えなくなってからは、家中をプチプチで覆ってけがをしないようにしたことや、16歳のお誕生日には大きなケーキとクッキーを丸々あげたら、すごい勢いで嬉しそうに食べてたこと…

ある日、両親がクラシックコンサートに出掛け、私が面倒みていた日、突然ご飯を食べなくなったこと…

最後に、ほんの少しだけ、みかんの絞り汁を舐めたこと…

旅立った日…家族で雪の中、お山の家に連れていったこと。

想い出を振り返る時、
そこには必ずべちがいる。

べちという存在は、両親や妹と同じ様に今の私を形成するのに大きな影響力があったのだと分かる。

今でも
何かあれば、「見守っててね」と心で会話する。「べちが見守ってくれてるよ!」と家族で言い合う。大切な存在

今までも、
これからもずっと私達の大切な家族

ばーたろうの大切な兄貴分


幼い頃はもちろん、シニア犬になってからもとーっても可愛かったべち。
歳をとっても子犬のようで、かわいかった。一緒に過ごす時間を重ねていく内にお互いに考えていることが分かるようになって、より愛しい存在になった。誰にも相談出来ないことをよくべちに相談したりして…(笑)


そう感じている私には理解できない現実。

今、シニア犬の飼育放棄が増えているようなのです。
長年一緒に暮らしてきた家族を愛護センターに持ち込む人達。
憤りを感じます。
私には考えられない。

持ち込まれたら、すぐに処分をされるということを知っているのだろうか?
迷い犬とは違い、飼い主が放棄しているのだから飼い主が探しに来ることは無いのだから。

犬は話せない。

けど、分かるはず。
感じるはず。

家族に捨てられたということ。

殺処分されるということ。


犬は物じゃなく、1つの命。
最期まで暮らす自信が無いなら飼わないで欲しい。
飼わないという選択も立派な愛だと思う。

陰ながら応援しているドッグシェルターという愛護団体に「ハッピーシニア基金」という基金がある。

センターからシニア犬を引き出し、第二の幸せな犬生を探すお手伝いをする為にはお金がかかる。


その為の基金。
シニアの為に遣われる。

長生きだったべち。
幸せをたくさんくれたべちに感謝の気持ちを込めて…
今回は、ハッピーシニア基金に微力ながら寄付をさせて頂きました。


旅立ちの時、
たくさんの涙を流してくれる家族に囲まれる幸せわんこが一頭でも増えることを願って…

2012.05.25 Fri l 犬のこと l コメント (0) トラックバック (0) l top

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